そうだ 京都へ行こう -- 2 --
「ああ、先輩、次はやっぱりここに来るんだ」
「そりゃあ、来るだろうな」
今度は、観光客が大勢群がっている一画に望美はみんなを案内してきた。
「ここは?」
弁慶が尋ねる。
「ここには『弁慶』が愛用したとされる鉄下駄と鉄杖が置いてあるんです」
「OK、やっぱりそういうことか」
「ま、折角ですから順番に手にしてみますか」
「そうですね、折角ですから」
そう言って弁慶はいそいそと列の最後尾に並んだ。
「え? あ、兄上、私も並ぶのですか?」
「折角だからね〜〜。こっちの世界の『武蔵坊弁慶』ってどんなのかすっごく興味あるじゃないか〜」
「そういうものなのでしょうか?」
「そうそう〜」
「譲、なんでこんなに大勢の人がいるんだ?」
「それは九郎さん、こっちの世界の『弁慶』さんもやっぱりみんなに愛されているからですよ」
「ウソつけ、望美」
「でも兄さん、当たらずとも遠からずだと思うけどな、先輩の言葉は」
「どういうことでしょう、譲君」
「この人達は、そこにある鉄下駄と鉄杖がどのくらい重いのか、持ち上げているんですよ」
そう言って、望美は弁慶に続いて列の最後尾に並んだ。
それに倣って、残りの八葉と朔も並ぶのだった。
「鉄下駄、ですか……?」
「そうですよ、弁慶さん」
「譲、それを持ち上げると何かあるのか?」
「何かって、なんです。九郎さん」
「いや、だから新たな力を授かるとか、何かの神仏の加護が得られるとか」
「いえ、ありませんよ。ただ『こんな重いものを弁慶は使っていたのか』って話の種にするくらいでしょうね」
「ああ、こっちの世界の弁慶は偉丈夫だったな」
「僕は認めたくない気分ですね」
「ま、武蔵坊弁慶が使っていたっていう以外にも、
他にも伝説や伝承上の人が使っていたという説はいろいろあるんです」
「どっかの寺やら、なんたらっていう偉い行者が寄進したっていう説やらもあってな。
実際はどうなのか分からねぇがな、やっぱり信憑性はともかく、
一番人気があるのが『弁慶が使った』っていう説なんだ」
「ああ、だから神子姫の言ったことを『当たらずとも遠からず』と譲は言ったんだね」
「え、ああ、そうだな」
「弁慶さんの美意識とはすっごくかけ離れているかも知れませんし、
こっちの世界の武蔵坊弁慶はイカついイメージだけど、それでもみんなから愛されてるんです。
それを分かって欲しくて」
「(それって無理あるんじゃねぇか)」
「(俺にコソっと言わずに、直接先輩に言ったらいいじゃないか)」
「(そんなこと出来るわけ無ぇだろう)」
「そこまで望美さんが仰るんですからね、こちらの世界の弁慶にも良いところがあるのでしょうね。
どうも弁慶についての僕の第一印象が悪かったからでしょうか、
僕としたことが、先入観で判断してしまっていたようですね」
「第一印象って何なんだ、弁慶」
「そいつぁ俺も知りたいな」
はからずも九郎と将臣が同時に弁慶に尋ねる。
「九郎、望美さんと初めて異世界でお会いした橋姫神社、覚えていますか」
「ああ、まだ木曾殿とゴタゴタしていた頃だったな」
「あの後、宇治上神社に僕達は向かったんです」
「ああ、覚えている。確か、平惟盛の軍と景時の軍が」
「ええ、その途中で聞いてしまったんですよ」
「何を聞いたのだ? 弁慶」
「『京の五条の橋の上、大の男の弁慶が♪』でしたね」
「OKOK、望美、分かったから。弁慶の顔があからさまに曇ったぜ」
「やれやれ、そりゃいかに弁慶でもショックだっただろうな、同情するね」
「ヒノエは神子の歌った歌を知っているのだろうか?」
「当然じゃん。こっちの世界に来て、あまりに面白いんですぐに覚えてしまったね」
「お、おもしろい? そうなのだろうか? その割には弁慶殿御本人は、おもしろそうでは無いのだが?」
「敦盛君。この子は僕の嫌がることすべてがおもしろいのですよ」
「そうなのか?」
「当然。『燕のよう〜な早業に、鬼の弁慶謝った〜♪』ってね」
「ええ、まったく。
九郎に負けて家来になっただなんて、信じられませんでした。
……ほら、九郎を御覧なさい。この勝ち誇った笑顔。
これだけでも許せませんね」
順番が来た。目の前には鎖に繋がれた鉄の下駄と杖が鎮座していた。
「これが……。残念ですが、杖は僕ではなく敦盛君の得物ですね」
そう弁慶に言われて、皆に促され、敦盛が鉄杖の前に進み出る。
敦盛はそっと鉄杖に右手を添え、片手で掴み、持ち上げてみる。
「ああ、なるほど。何となく持ち慣れた感覚だな」
2、3度、鉄杖を軽々と上下させて敦盛はそう言った。
「ただ全体にもう一回りか二回り細い方が、一層しっかりと握れると思うのだが」
「そうだな……」
リズヴァーンが敦盛から杖を受け取り、穏やかな声で言った。
「どれどれ。ああ、なるほど。これは少し太すぎますね。その上、これは焼きも甘いようですし。
残念ながら、実際の戦闘で役に立つとは思えませんね」
そう弁慶がリズヴァーンに代わって鉄杖を左手で持ち上げて言った。
「ちょっと、よろしいですか」
そう言って朔も鉄杖を持ってみた。
さすがに重かったのだが、なんとか持ちこたえて2度程上下させて
「や、やはり重いものなのね」
景時が、よろめく朔の後ろから杖を右手で支え
「朔〜、女の子なんだから無理しちゃだめだよ〜〜」
「あ、兄上……。やはり私には重いものでした」
と杖を景時に預ける。
「それにしても、この杖は何故鎖で繋がれているのかしら?」
「それはやはり、盗難防止の為だろうね」
「盗難……。望美の世界でもやはり盗難があるの……」
「でもね〜、こんなに大きくて重たいモノを盗んでも、すぐに捕まっちゃうんじゃないのかな〜〜」
景時はそう言うと、そのままそっと片手で杖を元の場所に置いた。
「朔、私にも持たせて」
望美は右手で持ってはみたものの
「うわ、重! 朔もみんなも凄いね。私もちょっと無理かな」
そう言いながら、ゆっくりと振りかぶろうとした瞬間
「九郎さん! そんなところに乗っちゃぁダメでしょう!」
と怒鳴って、杖を元の場所に投げ入れて、九郎の所に走り寄った。
「し、しかし望美、そうは言ってもそれではどうやってこの鉄下駄を履くんだ?」
台の上に登り、鉄下駄を両足に履いてガチャガチャいわせながら九郎が言った。
「それにしても、こうも鎖に繋がれていては、歩けないではないか」
「だから! それは履くものではないんですよ!」
「しかし、下駄なのだろう」
「いいからさっさと降りなさい!」
台から降りてきた九郎を小突きながら、望美達一団が去っていく。
望美達一行を取り囲んで順を待っていた修学旅行と思しき一団がどよめいていた。
「今あの娘達、全員が片手で持ち上げなかったか?」
「なんだ、『弁慶の鉄杖』って、けっこう軽いんじゃね?」
「え〜!? 先輩、去年ここ来た時、持ち上げられなかったって言ってたもん」
「先輩、けっこう話作るからなぁ」
「そんなこと無いもん!」
「分かった分かった。じゃ、写メよろしく。持ち上げてピースしたとこな」
そういって望美達一行の後に続いて、笑いながら鉄杖のところに立った。
そして、その中の1人が杖に手をかけた瞬間、笑いは凍りついた。
「え!?」
「どうした」
「嘘……」
「分かったから早くしろよ」
「い、いや…嘘なんかじゃ……」
「後、つかえてんだから。冗談は止めろよ」
「男だろう」
「いや、マジマジ!」
もう1人が、前の男子生徒を押しのけて鉄杖を握る。が、しかし
「え!?」
そう言って両手でやっとのこと、持ち上げたが、よろけそうになる。
「な! な!」
「彼女達2人とも、すんげぇ細っこかったんだぞ。それでも片手で持ち上げたんだからな、おいおい」
「うるせぇな!」
「マジ無理だから。お前も持ってみろよ」
「なんだ、だらしな… ! え〜!!! 」
「どうしたんだ?」
「無理無理、片手なんてとてもじゃねぇけど無理」
「だってさっきの……」
「バケモンだぜ、あいつら」
「でもけっこう可愛かったぞ」
「カッコ良かったもん」
「何者なんだ??」
もう遥か舞台の方に行ってしまった謎の一行を、
それでも背が高く目立つ一行を、
高校生達は唖然とした面持ちで見つめていた。
「な、何も殴ることはないではないか」
「さっさと降りないからです」
「前から言いたかったのだが、望美には女性としてのたおやかさに欠けるとこ グッ!」
「せ、先輩、何も気絶させることないんじゃないですか」
「自業自得よ」
「神子」
「! リ、リズ先生、ごめんなさい」
「フッ、いや、神子が謝る事は無い。しかし、今回は少し度が過ぎたようだ……」
「す、すみません」
「九郎は気が付くまで私が背負って行こう」
「そんな。こんな奴、そこら辺りに転がしておけばいいんです」
「いや、それはそれで通行の妨げとなろう」
「では、私が」
そう言って望美は九郎を背負うのだが、如何せん身長19cmの違いは大きく、
どう背負い上げてみても、ズルズルと九郎の足を引きずってしまう。
「もう! とっとと目ぇ覚めてよね」
「神子、やはり私が背負おう」
そう言ってリズヴァーンは九郎を望美から受け取ると、軽く肩に担ぎ上げた。
「先生、重くないですか?」
「問題ない」
その時、ヒノエと敦盛が感嘆の声を上げた。
「へぇ! けっこう見晴らしが良いじゃん」
「ああ、ここからは京の街並みが綺麗に見えるのだな」
薄曇りだった四月の空の、その雲の切れ目から陽の光がこぼれ、
京都のところどころをスポットライトのように照らしていた。
「ああ、望美の世界の京も、美しいわ」
朔の声は全員の思いだった。
清水寺・舞台である。
10/07/18 UP
